私はぜひとも意根をよく活用しなければならない。意識がこの言葉を言うとき、意根はすでにそのように決定していて、はじめて意識がこれほど決然とした態度で表現できたのである。意識が意根を利用しようとするとき、意根は意識が自分を利用しようとしていることを知っているのか知らないのか。無始劫以来、私たちはずっと意根を利用し続けてきたが、意根もまた如来蔵 (tathāgatagarbha) と意識を利用している。ただ互いにそれを知らないだけである。もし知ったならば、その智慧は並大抵のものではないであろう。
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