般若心経に説かれる「無無明、亦無無明尽」とは、第八識には無明がないということであり、それゆえ第八識は修行を必要とせず、無明を破る必要もなく、煩悩を断つ必要もなく、解脱を得る必要もなく、成仏する必要もないというのです。七識と五陰はそうはいきません。七識と五陰には無明があるので、修行によって無明を破る必要があり、無明を破り尽くしてこそ、清浄 (viśuddha/pariśuddha) となり、大自在・大解脱を得ることができるのです。無明を破るときには、修行が必要であり、持戒が必要であり、禅定が必要であり、般若 (prajñā) の智慧を学ぶことが必要であり、参禅悟道が必要であり、煩悩を断つことが必要であり、証悟が必要であり、成仏することが必要なのです。
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