衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2020年04月16日    木曜日     第2開示 合計2274開示

意根の単独の活動も業行と果報に属する

浄土を修める者が娑婆世界で修行して力を得ると、意根と如来蔵が極楽世界へ蓮台を化現する。これは業種である。業種が成熟し、死後に極楽世界の蓮花の中で化生する。これが修行の果報である。修行のときに業種が蓄えられ、種子が成熟して、極楽世界で善報を受ける。意根が意識を離れて極楽世界で蓮花台の出現を促すのも、これも業行に属し、修行の果にも属するはずである。しかし、この果を最終的に得られるかどうかは、因縁次第、種子が成熟できるかどうか次第である。もし修行が退転すれば、成熟しない種子は枯れてしまい、極楽世界の蓮台は消え、臨終に往生できない。

一晩眠って、朝目覚めると、意識がある一つのことを考え抜いた、ある一つの理を悟ったと感じる。この一晩の間、意識は現れておらず、完全に意根が自分一人で行った思想活動であり、その結果、ある一つのことを考え明かし、意識が現れたときにそのことが明らかになった。これも業行に属し、種子も蓄えられ、果報もある。もし意根が一晩中念仏し、念咒し、あるいは一晩中参禅していれば、意識が現れなくてもそれは修行であり、しかも最良の修行、最も成功した修行であり、業行に属し、種子も蓄えられ、果報もある。しかし、意根が単独で行う思想活動や参究活動は、以前に意識とともに修行したことによる、意識が薫染した結果である。それゆえ、意根の単独の業行も、また果に属する。

もし意根が夜半に人と仏法を議論すれば、智慧を増長することもできる。もし夜半に観世音菩薩のもとへ法を請いに行き、観世音菩薩が耐え忍んで解答してくれれば、目覚めた後、意識はそれを明らかに理解し、仏法の甘露を得ることになる。もし大病を得たなら、意根が夜半に仙人あるいは菩薩のもとへ薬を求めに行き、それを飲んだ後、翌日目覚めると病が治っている。これも業行に属し、果報にも属する。

——生如法師の開示
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