衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2021年03月19日    金曜日     第4開示 合計3207開示

父子合集経講記(一五八)

<h2 style="text-indent: 2em;">死蘊と生蘊</h2>

原文:大王。识为其主。业为攀缘。二种相因。初识生起。或趣地狱。或堕傍生。琰摩罗界。及阿修罗。若人若天。初识生已。各受其报。同分心品。相续随转。最后识灭。名为死蕴。最初识起。名为生蕴。

解釈:大王よ、阿頼耶識 (Ālayavijñāna) が後世の五陰 (pañca-skandha) の身を生み出す主であり、業の種子が所縁(の対象)であり、この二種の因と縁が和合することによって、次の世の最初の識が生まれます。衆生はあるいは地獄に趣き、あるいは餓鬼道に堕ち、あるいは畜生という三悪道の中に投生します。あるいは阿修羅道、人道、天道という三つの善道の中に投生します。最初の識心が生まれた以後、衆生はそれぞれその業報を受け始め、そして同一の色身上の識心は絶えず連続して運行し続けます。命が終わって識心が滅するとき、色身は死屍となり、これを死蘊と名づけます。色身上に最初に生起した識心は初識と呼ばれ、色身の五陰を生蘊と名づけます。

——生如法師の開示
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父子合集経講記(一五九)

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