衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2021年05月01日    土曜日     第3開示 合計3364開示

父子合集経講記(二二八)

福報はすべて如来蔵の中に存在する

地球ができたばかりの頃は、あまねく甘美な甘泉が満ち、地肥が自然に生えていました。その頃の人間は二禅天から降りてきた者で、福德が非常に大きかったのです。その後、衆生に貪欲の心が生じ、福德が減ると、甘泉と地肥は消えて姿を見せなくなり、初めて天然の梗米が生えるようになりました。さらに後、福報がまた減ると、天然の梗米も生えなくなり、人類は五穀を植えて栽培するようになりました。そして現在に至るまで、すべて人間の力で作物を栽培しています。今、地球上には非常に栄養のある五穀や植物がありますが、私たちはその名前すら聞いたことがありません。これが私たちが福德を消耗した結果なのです。私たちは今、薄福の衆生に属しており、さらに後の衆生は私たちよりも福がいっそう薄く、おいしい穀米もすべて消え失せて、彼らは食べることも見ることもできません。ですから、私たちの生活のすべては、私たちの福報から出てくるのです。

これらの福報はどこに存在するのでしょうか。すべて如来蔵の中に存在します。如来蔵は私たちの銀行のようなものです。もし銀行の中の預金をすべて使い果たしてしまえば、貧しく卑しい者となります。もし銀行に預けてある福德を引き出さない、あるいは少しだけ引き出して享受するなら、私たちは富貴な大長者となります。修行者は多く貯めて少なく使うべきであり、引き出した後、それを再び衆生を利楽するために用いれば、こうしてまた福を貯め込むことになり、銀行の中の預金はますます増えていき、利子がさらに利子を生むように、福德が円満に修まれば、成仏することができるのです。

——生如法師の開示
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四念処観行問題解答17

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