世間に広く存在する見解は六識論であり、一部の人は唯意識論である。ごく少数の人は唯第七識論であり、また唯第八識論者もいる。智慧の階層が異なれば、その見解も異なり、論調も異なる。そして最も究竟の見解・論調こそ、唯第八識論なのである。いわゆる一真実法界とは、これである。
なぜなら、一切法の運行においては、必ず第八識と第七識があり、この二識の働きを離れれば、一切法はない。意識の働きは、第七識によって引き起こされ、第八識によって維持されるものであり、あってもなくてもよく、時にあり時に無く、まったく自らを主宰することができない。背後に第七識と第八識という二人の老師が黙って支えていなければ、意識は立ち上がることも生き延びることもできない。それゆえ、意識の働きの背後には、同時に第七識と第八識の絶え間ない働きがあり、一刹那たりとも停止することができない。したがって、一切法の最も究竟の働きはやはり第七識と第八識のものであり、ただあまりに深細であるため、禅定と智慧が不足していれば、観行 (vipaśyanā-caryā) によって到達することができない。それゆえこそ、「唯意識論」や「六識論」が誕生し、流行したのである。
1
+1