原文:于其未生一切善法。为令生故生欲者。谓于未得。未现在前。所有善法。为欲令得。令现在前。发心希愿。发起猛利。求获得欲。求现前欲。而现在前。是名于其未生一切善法。为令生故生欲。
解釈:まだ生じていない一切の善法に対して、それを生じさせるがゆえに欲を生じるというのは、まだ得ておらず、まだ現前していないすべての善法に対して、それを得させ、現前させるために、心を発して希い願望を起こし、猛利な、獲得を求める欲、現前を求める欲を発起し、その欲が現前することをいう。これを、まだ生じていない一切の善法に対して、それを生じさせるがゆえに欲を生じるという。
原文:于其已生一切善法。为欲令住。令不忘失。令修圆满生欲者。谓已获得。已现在前。所有善法。是名已生善法。于此善法已得不失。已得不退。依是说言。为欲令住。于此善法明了现前。无闇钝性。依是说言令不忘失。于此善法已得现前。数数修习。成满究竟。依是说言。令修圆满。于此善法发心希愿。发起猛利求。坚住欲求。不忘欲求。修满欲而现在前。是名于其已生一切善法。为欲令住。令不忘失。令修圆满生欲。
解釈:すでに生じた善法に対して、善法を堅住させ、善法を忘失させず、善法を円満にするために希い願望を生じるという。すでに獲得したすべての善法、すでに現前に出現しているすべての善法を、已生善法という。すでに得た善法が失われず、また退去しないことを、善法の常住を希うという。すでにある善法に対して心が明らかに自持し、はっきりと分かり、暗鈍性がないことを、善法を忘失させないという。すでに獲得した善法に対して、絶えず修習し、善法を円満究竟無間にさせることを、修を円満させるという。
善法に対して希いの心を発起し、猛利な求取の心を発起し、獲得と保持を発願し、さらに善法の中に堅固に住して退失せず忘却しないことを望み、善法を修習して円満にすることを希望する。これらの欲と心願こそが、すでに生じた一切の善法に対して、それを住着させ永存させ、善法を忘失させず、善法を修習して円満にするために生じる欲であるという。
善法が堅固でないときは、時に善く時に不善であり、善縁に遇えば善く、悪縁に遇えば不善となる。それゆえ、縁に歴り境に対する中で、常に自心を省察し、常に自らを策励し、善心・善念・善行を保ち、善法が堅固不退となり、円満無碍に至るまで続けなければならない。悪不善の心が善心に変わり、脱胎換骨してこそ、道を証して聖となることができる。これが四正勤の修行過程であり、決して容易ではない。衆生の心は堅固で変わりにくく、秉性は移りにくいからである。すべての修法は、その心を降伏させ変えるためのものである。心が究竟に清浄となれば、仏法において学ぶところがなく、無学の果地の仏となる。心は万物の主であり、心が変われば、万物もそれに従ってすべて変わる。それゆえ、心の根を修理することこそ正修であり真修であり、心を修めず理だけを学ぶことは、作秀(見せびらかし)である。
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