衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2023年02月16日    木曜日     第3開示 合計3863開示

六識の身口意行は誰によって主宰されているのか

六識が造作する事相は、その後の第七識である意根が主宰して決定したものであり、意根の心行をも表しています。意識の表面の行為造作、身口意行の背後には、すべて意根が主宰しています。身口意行は意識の決定に依って行われることができますが、意識の力が意根より大きく、説得力があってこそ初めて可能であり、意根が意識の提案と誘引に進んで従うようになって初めて成り立つのです。もし意根の力が大きく、意識の提案に従いたがらないのであれば、完全に意根が主宰して決定することになります。たとえば殺生をする時に、殺しながら一方で衆生を憐れむというのは、意識の憐れみが依然として意根の殺生の習気に及ばず、依然として意根に依って殺業を造ってしまったことを示しています。

意識は一時的には意根に抗しきれませんが、意識がさらに強くなり、法と因果をより深く理解するようになれば、説得力も大きくなり、意根を説得した後は、もはや殺業を造らなくなります。意識が意根を成功裏に薫染できていない時には、一方では意根に従って殺業を造りながら、他方では心に憐れみを生じることになります。意識自身の善心所法がまだ堅固で強大でない時には、意根を導くことができず、意根に抗しきれないため、一方では善業を造りながら、他方では貪・瞋・嫉妬に耽り、利をのみ図って、利己のみを考え利人を顧みないということになります。意識の善心所法が強大で堅固でなく、完全に薫習が成功していない時には、四正勤は修められておらず、意根の未生善は生じることができず、已生悪は断つことができず、悪を断ち善を修めることができないのです。

——生如法師の開示
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意根を調伏することが身口意行を管理する鍵である

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