衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2023年02月20日    月曜日     第2開示 合計3869開示

六七識は如来蔵心中にあるのか、それとも如来蔵は六七識心中にあるのか

如来蔵 (tathāgatagarbha) がもし六識・七識の心の中にあるならば、六識・七識の心に中はあるのか? 中の位置はどうやって定めるのか? 六識・七識がもし如来蔵の心の中にあるならば、如来蔵に中はあるのか? 中の位置はどうやって定めるのか?

一人ひとりの全体の五陰 (pañca-skandha)・十八界は、すべて如来蔵が七大の種子を用いて造り出したものであり、七大の種子は如来蔵の中の法である。七大の種子が出力されて様々な法を形成すると言うが、実のところ七大の種子は一度も如来蔵の外に出たことはない。そうでなければ、如来蔵の外に独立した法が存在することになり、如来蔵に執持されないこととなるが、それはあり得ない。七大の種子が如来蔵の外に出ないのであり、しかも衆生の五陰・十八界の上で絶えず生滅変異しているのだとすれば、五陰・十八界は如来蔵の外にあり得るだろうか? 如来蔵の外に独立した法が存在するだろうか?

一真法界という意味は、衆生の世界の全体が一つの真実の法界である如来蔵であり、すべて如来蔵の中の法であって、如来蔵の外に独立した法はないということである。里と外と言ったとはいえ、如来蔵にはやはり里も外もなく、全体が即ち真如であり、外を見出すことができないので、相対する里も存在しないのである。

——生如法師の開示
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