衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2024年03月21日    木曜日     第1開示 合計4146開示

間違ったことをした場合、直接謝るべきか、それとも心の中で懺悔すればよいのか?

自分の過ちを知り、人に申し訳ないことをしたなら、懺悔と謝罪をしなければなりません。謝罪とは、相手に対して自分の申し訳なさと罪悪感を誠摯に表現し、相手の心の欠落を補い、相手の不快感を取り除くことであり、同時に冤を解き結を釈して、心のわだかまりを消し、関係を円満で調和のとれたものにします。そして懺悔と謝罪には目標があり、対象がなければなりません。人に申し訳ないことをした以上、その人に対して面と向かって自分の過ちを発露し、懺悔して謝罪し、自分の誠意を表すべきです。これは本当に自分が人に申し訳ないことをしたと認識し、過ちを改め、その人を補いたいということであり、これこそが真の懺悔なのです。

その人に面と向かって謝罪し懺悔せず、心の中だけで懺悔し、その人と向き合う勇気がないなら、そのような懺悔には誠意がなく、相手の心のわだかまりを消すこともできず、相手の心の欠落を補うこともできず、双方の関係を変えることもできません。相手は傷つき、不当な扱いを受けたのですから、自分がそれを認識した以上、相手に何らかの補償をしなければなりません。少なくとも心理的・情緒的な補償は必要であり、面と向かって事実をはっきりと説明し、相手の心のわだかまりを解かせること、これが最低限の尊重と懺悔なのです。自分の側にさまざまな心理や情緒があっても、相手はまったく知らず、二人の意根がつながっていなければ、心の結び目は完全には解けず、隔たりも完全には取り除かれません。そのような懺悔は徹底しておらず究竟でもなく、問題から逃避し、過ちと向き合うことを恐れる心理的傾向があるのです。

——生如法師の開示
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如来蔵の帰属性は如来蔵が共用できないことを説明する

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