衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2025年04月02日    水曜日     第1開示 合計4356開示

意根を用いることの成果

弟子は学会で意根を使えるようになってから、仕事の効率が急速に向上し、仕事量も何倍にも増えました。今では何事をするにも方法を心配する必要がなく、思いつく方法はいくらでもあります。ある事を心に一つ掛ければ、すぐにその事に心を向けることができ、それから座って瞑想すれば、たとえ一眠りしただけでも、解決策が山ほど出てきます。問題を処理する方法が現れたら、すぐに書き留めるか、直ちに実行に移さなければなりません。そうしないと後で忘れやすいからです。実行すれば、事はますます良い効果を生むようになります。以前は意根を使えず、何か事にぶつかると本当に途方に暮れていました。特に仕事が繁忙な時には、どう処理し解決すればよいのか分からず、ずいぶん頭を悩ませたものです。

弟子が意根を使うようになってこれまでの年月、確かにいくつかの体験がありますが、うまくまとめることができません。時々、意根が尋思して出してくる方法やこつ、インスピレーションは、実に妙なるもので、自分でも驚きを感じ、これは一体どうやって出てきたのだろうと不思議に思います。

評:この体験の共有は、実に確かなもので、少しも虚偽の、偽りの、意解の成分がありません。禅定が非常に良く、座につくとすぐに入定でき、意識の機能はやや弱く、意根の機能は強大で、実際の問題を解決する智慧を本当に生み出すことができます。仏法上の智慧も含めて、問題さえ意根に入れば、思量はいずれも徹底しています。

意識が問題を放り出した後は、もう考えず、意根の心中に懸けておき、意根に秘密裏に思量させると、意根は黙々と、物音も立てずに思量し、結果が自然に現れます。意識がこの結果を了知すると、突然はっと分かるのです。この時、意識は考えていないのに、それでも一つの念力・思考力が働いているのを感じます。これは意根が密かに問題を思量している一つの隠れた方式であり、思量がどれほど深く、どれほど長く、どのような結果になるかは、多種の要素によって決まります。

能動的に意根を使い、意根に思量させる前提は、必ず心を静めなければならないこと、必ず定力がなければならないことです。禅定が深いほど、意根の思量の機能は強大になり、結果はますます驚くべきものになります。もし未到地定 (anāgamya-samādhi) あるいは初禅定があれば、意根で仏法を思量し、断我見 (ahaṃkāra-mamakāra-parityāga) や明心・見性を行うことは、相対的にずっと容易になります。もし定力が足りなければ、意根が思量しているように感じられても、実は意識が止まっておらず、思考にも参加しているので、その結果には意識による分析・推理の成分が含まれ、結果はあまり真実ではありません。

このような功夫を運用できるようになれば、世間法および出世間法のいずれにおいても大きな成就を得て、独自の大智慧を持ち、様々な事務をうまく処理でき、効率は倍増し、効果は顕著になります。このような功夫は小学生の頃からでも養うことができ、功夫が身につけば、事半ばにして功を倍にするだけでなく、自学能力もおそらく何倍にも増え、あらゆる業界で優れた人材が数多く輩出されるでしょう。このような独創力のある人材は、ロボットがどう頑張っても追いつけず、代替できません。


——生如法師の開示
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