衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2025年06月27日    金曜日     第1開示 合計4415開示

世界の本質及び由来

楞厳経の中で琉璃光法王子が言っている:無量劫前、無量声仏が世に出現され、菩薩たちに対して、仏及び衆生の本覚は非常に微妙で精明であると開示された。この妙明なる本覚の真心から、世界と衆生が派生し、世界及び衆生の身はみな虚妄の因縁によって風力のように転化して現れたのだと。

私は仏陀の開示を聞き終えた後、十八界がどのように安立されているのかを観察し、十八界が一世また一世とどのように流転して時間を形成しているのかを観察し、衆生の五蘊の身がどのように空から有へと運転してくるのかを観察し、衆生の心がどのように思いを生じさせるのかを観察した。観察の結果、界の動きであれ世の遷流であれ、身の動きであれ心の動きであれ、これらの動きには二相がなく、平等で差別がないことが分かった。ここまで観ると、私はたちまち、この諸法の動性は来るところより来ることなく、去るところへ去ることもなく、十方の微塵のように多くの衆生がみな同じように虚妄であることを覚知した。三千大千世界の中の一つの世界内の一切の衆生は、一つの器の中に貯えられた百匹の蚊がちゃちゃと騒がしく鳴き立てているように、自心の中で太鼓のように鼓動し、狂乱して騒がしいのである。

上述の文章では、世界とは何か、また世界がどのように出現するのかが紹介されている。まず紹介されているのは界である。界とは諸法の差別と類別を指し、世間の一切の法は類別の違いによって、十八種の法の差別界限に分けられる。すなわち六根、六塵、六識であり、これは衆生の内身と外身であり、一切の法がその中に含まれる。衆生の内身と外身が絶えず生死流転してやまないことで、前世、今世、後世が形成され、こうして世界が形成される。これにより、世界とは衆生の五蘊十八界の生死流転の過程であり、五蘊十八界こそが世界の主人であり、主人が絶えず生死流転することを世界と呼ぶのであることが分かる。

世界の動転と五蘊身心の動転は、いずれも虚妄の因縁が風力のように鼓動することによって現れた現象であり、妄縁と風力はいずれも衆生の本覚妙明心によって現れたものである。ならば衆生世界は虚妄であり、世界はなく、衆生もなく、虚空さえもない。世界は何ものでもなく、衆生も何ものでもない。ただ本覚だけがぽつんと在って、何かであるかのように見えるが、実際には世間法の中では何ものでもないのである。


——生如法師の開示
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