衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2025年11月18日    火曜日     第1開示 合計4528開示

破戒僧は供養できるか?

一切の衆生は供養することができ、破戒僧も含まれる。猫や犬、魚や鳥を供養するだけで百倍の福を得られるのだから、まして人間を供養する場合はなおさらである。破戒僧は、第一に人であり、第二に僧であり、第三に破戒しているのであって、供養すれば千倍の福を得る。僧は鬼神に施食を与えるのだから、まして在家者が破戒僧を供養する場合はなおさらである。僧人はどれほど破戒していても、畜生や餓鬼よりも福と徳があり、供養して得る福も、畜生や餓鬼を供養して得る福よりはるかに大きい。すべての人は供養することができ、例外はない。ヒトラーのような極悪人も含まれる。しかし、悪人が悪業を造るための道具や費用を提供することは、悪人と共犯となるが、基本的な飲食や衣食を提供することには問題がない。


環境の影響力は無視できない

環境の制約性と薫染性は非常に大きく、人の善業の力、福德の力、智慧の力は、時に環境の影響に対抗してそれから脱却するのに十分とは言えず、自覚しないまま密かに影響され薫染され、自分では気づかないまま、結果として同化してしまうことがある。善法に同化されるのならまだ良いが、悪法に同化されると、自心の染汚と無明煩悩が増し、いっそう生死の業障の中に繋縛されることになる。それゆえ、人がどのような環境の中で生きるかは非常に重要なのである。

世俗界の環境は概ね染汚しており、清浄なものは極めて少ない。衆生の煩悩習気が非常に重く、ほとんど根深く固く、常に貪瞋癡が現行するからである。仏教界の中の環境は混合的で、染汚もあれば清浄もあるが、染汚は清浄よりはるかに占比が高く、影響力もいくらか大きい。多くの人は、自分の置かれた環境が染汚が多いのか清浄が多いのかを判別できず、表面的な現象しか見ない。仏法を学び始めてから、煩悩染汚の重い団体に付き従い、大きな影響を受けて、学べば学ぶほど煩悩が重くなりながら、自分ではそれと知らない人がいる。このような仏法の学びは非常に危険である。もし衆生の煩悩が軽く、物事を超然として離れ、影響を受けず、仏法を学ぶ初心を保つことができるなら良いが、恐ろしいのは染汚が重く影響力も大きい仏法を学ぶ環境で、それが最も人を覚りと警戒心から遠ざけ、知らず知らずのうちにそれに従って染汚業を造作させてしまうからである。


——生如法師の開示
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