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日常法話

2026年02月28日    土曜日     第3開示 合計4631開示

金剛経講解.なぜこの経を受持すれば果報が計り知れないのか

能浄業障分第十六原文:须菩提。我念过去无量阿僧祗劫。于然灯佛前。得值八百四千万亿那由他诸佛。悉皆供养承事。无空过者。若复有人。于后末世。能受持读诵此经。所得功德。于我所供养诸佛功德。百分不及一。千万亿分乃至算数譬喻。所不能及。

解釈: 須菩提、私は過去世を思い起こします。無量阿僧祇劫のうち、燃灯仏に出会う以前、無量の諸仏世尊に値遇したことがあります。これほど多くの諸仏世尊に対して、私はみな自ら飲食・衣被・臥具・医薬の四事をもって供養し、また一仏一仏に仕えて、諸仏のすべてのお命じになったことに従いました。一仏一仏が出世なさったとき、私は空過することなく、みな値遇しました。

もしまた、仏法がまもなく滅びようとする後世において、この金剛経を受持読誦できる人がいれば、この人が得られる功徳は、私が無量世のうちに無量の諸仏を供養した功徳よりもさらに多いのです。私が無量の諸仏を供養した功徳は、この人が金剛経を受持読誦する功徳の百分の一にも及ばず、まして千万億分の一にも及びません。あらゆる数の言葉で譬喩し形容しても、形容しきれず、譬喩することもできず、言い表しようがありません。金剛経を受持読誦する功徳には譬喩がなく、功徳は極めて大きく、成仏に至るまで続くのです。

金剛経が指し示すところは、すべて純無為の法であり、この無為の法を修学して円満にすれば、仏道が円満し、速やかに成仏します。それゆえ、金剛経を受持する功徳は、もちろん比類なく広大であり、いかなる有為の法の功徳も、これと比べることはできません。これは世尊が、燃灯仏に出会う前のことを述べられたものであり、八地菩薩に修証する前のことでもあります。当時、世尊の心はまだ真の純無為に達しておらず、いまだ有為有漏の行を行じており、世俗の法をもって諸仏を供養するのは、みな着相の供養、有漏の供養でした。それゆえ、一仏一仏とも釈迦菩薩に成仏の授記をなさいませんでした。釈迦菩薩の心行が純無為に達し、八地の不動地の果位に修めたときに燃灯仏に出会って、はじめて燃灯仏は釈迦菩薩に成仏の授記をなさったのです。このとき世尊はすでに無量の諸仏に値遇していました。

八百四千万億はインドの言葉であり、漢語では四千八百万億となるべきもので、数量が非常に多く、数えきれない数を表しています。私たちは、仏道を修行する過程において、無量の諸仏に値遇し供養することになることを知るべきです。四事供養だけでなく、さらに諸仏に親しく仕えねばならず、最も重要で肝要なのは法供養をすること、法供養を最上とすることです。いわゆる法供養とは、自ら諸仏に従ってさまざまな仏法を修学し、さらに広く衆生を教導して共に仏法を修学させ、仏に代わって仏の法教を宣伝することです。仏が教え導かれた通りに修行し、仏法における無為の宗旨に次第に相応し、心地が純無為に達すれば、これこそ真の諸仏への供養であり、必ず諸仏の授記を得ることになります。

原文:须菩提。若善男子善女人。于后末世。有受持读诵此经。所得功德。我若具说者。或有人闻。心则狂乱。狐疑不信。须菩提。当知是经义。不可思议。果报亦不可思议。

解釈: 須菩提、もし善男子・善女人が、仏法がまもなく滅びようとする末法の世において、この金剛経を受持読誦することができれば、その人が得る功徳は、非常に多くまた非常に多いものです。もし私が具体的に、この人が得た功徳が一体どのようなもので、果たしてどれほどあり、具体的にどのようなものがあるかを言うなら、私がこう言うのを聞く人がいれば、心は狂乱し、狐疑で満ちて信じることができなくなるでしょう。須菩提、ここから私たちは知るべきです。この金剛経に含蔵されている甚深の法義は、なんと不可思議で、深妙で測りがたいことか。それならば、この金剛経を受持する果報もまた不可思議なのです。

これは、金剛経を受持する功徳があまりに殊勝で、一般の人には想像も信じることもできないということを示しています。金剛経の中の義理に従って修学し、般若実相心を証悟すれば、このときから福徳と智慧は次第に増広し、智慧はますます深妙で比類のないものになります。福徳と智慧がともに円満具足したのちには、三界世間における無上士・無上尊となります。この果報はまことに不可思議であり、思議することもできません。この果報と功徳は、何劫かかっても語り尽くせず、讃えきれないのです。

——生如法師の開示
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