衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2026年05月17日    日曜日     第1開示 合計4714開示

意根精進の現れ

如春:観行を通じて、五蘊への執着が根本であり、世俗への執着は現象であると発見し、五蘊と世俗の苦・空・無常を結びつけて観行するよう試みた。意根は非常に精進し、一日中頭の中は観行の法でいっぱいで、払いのけても振り払っても離れず、夜も眠れず、頭は膨れて熱くなり、やむを得ず起き上がって観行の内容を書き留め、頭を冷やして整理した。書き終えて横になっても考え続け、頭が止まらず、何度も繰り返して午前四時過ぎになり、ようやくぼんやりと眠りに落ちた。

眠りに落ちて間もなく、突然また身体が揺れるのを感じ、目を覚まして様子を見ると、遠くの電車が発する非常にリズムのある音が原因で、ぼんやりと自分が車に乗っているように感じ、七時にまた起きた。普段、私の睡眠の覆いはやや重い方だが、意根が精進すると休まず眠らずにいられるようだ。この法を観じ終え、意根が満足すると、リラックスしてしっかり眠ることができる。

:五蘊は世俗を含み、五蘊世間は俗世間である。修行が精進する時、意根は俗世への執念を、観行思惟や仏法の修証への執念に変える。心念が転じれば業も転じ、果報も変わる。心念が転じなければ、心は完全に道業に在らず、業は転じず、果報も変わらない。如春のような精進は、完全に意根が主体的に精進するものであり、意識の促しを必要とせず、むしろ意識は意根に引き回されて、十分な休息を得られない。

——生如法師の開示
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観行と参究の違い

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意識に念頭が現れる前に、必ず意根の心動がある。

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