衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2019年10月27日    日曜日     第3開示 合計1989開示

意根が清浄(viśuddha)になれば無欲無求となる

内心の焦燥感・苛立ちなどの感情的なものは、すべて意根のものであり、外に現れるのは意識と五識の状態です。内心の葛藤の多くは、意根と意識の葛藤として現れます。両者の認識が異なり、理解力が異なり、思想観念が異なるため、葛藤が生じるのです。

意根に何かがあれば、私たちにもそれがあり、意根に何もなければ、私たちにもそれがありません。意識は作主の識ではなく、意識に何があろうと何がなかろうと、意根に影響しない限り、何の役にも立ちません。 意根に欲心所がなければ、何事もやろうとせず、無欲無求となり、心は清浄 (viśuddha) になります。意識がどんな欲望を持っていても意根に影響することはできず、意根が作主しなければ、何事も行われません。しかし意根には貪があり欲があるのが普通で、これを貪欲と呼びます。貪欲を断除すれば、初禅の定を具えた三果の人となり、後世には色界天に生まれることができます。

——生如法師の開示
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