十八界のうち一門深く入る修行とは、十八界の中の一界を観じ、この一界から法界の実相に悟り入り、三昧 (samādhi) を証得し、それによって大智慧を開くことである。たとえば耳根の門から起修するならば、聞性の上で観行 (vipaśyanā-caryā) を行い、耳根の聞性の生滅の起こる処を反観し、それによって生滅しない真の聞性を見出さなければならない。このとき音声の中に落ち入ってはならず、音声の中の内容を思惟してはならない。そうしてはじめて聞性の根本と実質を見出すことができる。
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