原文:舎利弗は即座に座より立ち上がり、仏足を頂礼して仏に申し上げた。私は久遠の劫よりこのかた、心の見が清浄であり、このようにガンジス川の砂の数ほどの受生を経てまいりました。世間と出世間における種々の変化を、一見して即座に通達し、何らの障礙も得ませんでした。道中において迦葉波兄弟が相逐って因縁を説くに逢い、心の際限なきことを悟り、仏に従って出家いたしました。覚りは円明となり、大いなる畏れ無きを得て阿羅漢を成就し、仏の長子として仏の口より生じ、法の化生より出でました。仏が円通を問われたにつき、私の証する所によれば、心の見は光明を放ち、光が極まりて知見となります。これが第一の法でございます。
釈:舎利弗が座より立ち上がり仏足を礼して申されました。私は無始劫より、いかなる法を見るにも知見が清浄で汚れがなく、清らかな見地をもってガンジス川の砂の数ほどの受生を重ねてまいりました。世間と出世間の種々の変化を一見して即座に因縁を通達し、何らの障礙もありませんでした。今世まだ出家せざる時、道中にて迦葉波三兄弟が仏の説く因縁法を論じ合うに逢い、ただちに心の際限なきことを悟り、世尊に随って出家いたしました。見地は次第に円満明妙となり、一切の法に畏れ無く、四果阿羅漢となりました。仏の長子として仏の教えより生まれ、仏法より化生いたしました。仏が円通の法門を問われたにつき、私の証得する所によれば、心の見地は大いなる智慧の光を放ち、その光明が私の見地をますます円明へと導きます。これが私の第一円通法門でございます。舎利弗は仏弟子中において智慧第一と称され、至る所にその大智慧を顕し、見地は純正円明で通達無礙、法を見れば即ち本源を知り、世俗の相に落ちず、世俗の知見に染まりません。この清浄なる大智慧をもって無量劫にわたり受生してきたことは、舎利弗の証量が八地菩薩をはるかに超えていることを示します。経典によれば、舎利弗ら仏の大弟子たちは皆古仏の再来であり、釈迦仏と共に娑婆世界の有縁衆生を教化し、一大戯曲を共に奏でておられるのでございます。
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