生命、その名の示す通り生と命を有するものである。生とは何でしょうか。六識を伴う五蘊の活動の兆しが現れた時、それが生であります。識蘊と行蘊の活動現象が現れた時、それが生であります。識蘊・行蘊・想蘊の活動現象が現れた時、それが生であります。識蘊・行蘊・想蘊・受蘊の活動現象が現れた時、それが生であります。識蘊・行蘊・想蘊・受蘊・色蘊の活動現象が現れた時、それが生であります。
命とは何でしょうか。意根が存在し、意根の心所法の活動現象があれば、それが命であります。意根こそが命根であります。無余涅槃の状態を除き、その他の状態には全て命根が存在します。一切有情衆生の命根が存在し、仏陀もまた有情に属しますが、衆生には分類されません。
十二因縁の観点から見れば、衆生の生命の出生は意根の無明の妄想が生み出したものです。妄想が消え去り、無明が断尽すれば、生命は寂静に帰し涅槃の境地に至り、輪廻の道は絶え、生命の苦は滅尽するのであります。
10
+1