一人の者が最初に仏法に触れてから、最後に成仏するまでに、少なくとも半分の業障、あるいは大部分の業障は、諸仏菩薩が背負い、消除してくださったものです。さらには、すべての衆生が仏法を学ぶ因縁を持つこと自体、諸仏菩薩の加護と護念の結果なのです。もし衆生個人の力だけなら、あれほど深重な業障を抱えて、仏法に出会えるだけでも相当に容易ではないことです。ましてや仏法を修行すること、ましてや道を誤らないこと、ましてや小さくとも成就を得ること、ましてや解脱を得ることなど、なおさらです。
等覚・妙覚の菩薩でさえ、諸仏の護念がなければ順調に成仏することはできません。ましてや凡夫の衆生一人ひとりが、諸仏菩薩の加護と護念に依らずに進めば、一歩ごとに困難が重なり、いばらが生い茂り、一歩も進めず、足を踏み出す場所さえありません。
師の恩は浩蕩として広大です。だからこそ、私たちは本当に諸仏菩薩に感謝すべきであり、常に報恩の心を懐き、仏の語を信じ、仏の教えを尊び、仏の戒を守り、諸悪を作らず、衆善を行じるべきです。諸仏菩薩を師とし、永遠に師に背き教に叛ることのないように。大いに誓願を発し、自利利人を行じ、煩悩を消除し、自心を清浄 (viśuddha/pariśuddha) にし、修行したすべての善行・善願・善法をもって、法界の一切衆生に回向 (pariṇāmanā) し、これによって諸仏菩薩の救度の恩に報いるのです。
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