果報のない業行というものは一つも存在しません。それゆえ、誰もが物を言い事を行う際には、くれぐれも慎重にしなければならず、勝手気ままに振る舞って、口を開けばでたらめを言ってはなりません。とりわけ仏法については、自分が当然だと思った通りにしてよいというものではありません。仏は、阿羅漢果を証しない限り自分の意を信じてはならず、自分の意は信ずべきものではないと説かれました。ひとたび仏法において悪業を造れば、無間地獄の苦しみは人間界の無量倍であり、とても耐えられるものではありません。
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