衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
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日常法話

2021年01月22日    金曜日     第1開示 合計3020開示

瑜伽師地論第十巻(十二因縁)

(十)原文:问。若说无明。以不如理作意为因。何因缘故。于缘起教中不先说耶。答。彼唯是不断因故。非杂染因故。所以者何。非不愚者。起此作意。依杂染因。说缘起教。无明自性是染污。不如理作意自性非染污。故彼不能染污无明。然由无明力所染污。又生杂染业。烦恼力之所熏。发业之初因。谓初缘起。是故不说不如理作意。

解釈:問:もし無明は不如理作意を因とすると言うなら、どのような縁故によって縁起の教えの中で先に不如理作意を説かず、直接に無明を説くのでしょうか。答:不如理作意は単に縁起法が断除できない因であって、善悪無記の三性雑染の因ではないからです。なぜなら、まさに愚痴の者こそがこの不如理作意を起こすからです。雑染の因に依拊して縁起の教法を説くのであり、無明の自体性は染污であり、不如理作意の自体性は非染污です。それゆえ不如理作意は無明を染污することができず、むしろ無明によって染污されるのです。また、生じる雑染業は煩悩力によって熏染されたものであり、煩悩力とは無明力のことです。雑染業が生じる最初の因こそが最初の縁起法です。したがって、最初に不如理作意を説かないのです。

原文:问。何故不说自体。为自体缘耶。答。由彼自体。若不得余缘。于自体杂染。不能增长。亦不损减。是故不说。问。何因缘故。福行不动行。由正简择功力而起。仍说用无明为缘耶。答。由不了达。世俗苦因为缘。起非福行。由不了达。胜义苦因为缘。生福及不动行。是故亦说。彼以无明为缘。问。如经中说。诸业以贪嗔痴为缘。何故此中。唯说痴为缘耶。答。此中通说。福非福不动业缘。贪嗔痴缘。唯生非福业故。

解釈:問:なぜ自体は自体の縁であるとは説かないのでしょうか。答:もし自体だけで、他のいかなる縁も得られなければ、その自体の雑染は増長することも損減することもないからです。それゆえ、自体は自体の縁であるとは説かないのです。

問:どのような因縁によって、福業の行と不動行は、正しく諸法を簡別する功徳力によって生起するにもかかわらず、なおいずれも無明を縁として生起すると説くのでしょうか。答:内心が世俗の苦の生起の因である貪瞋痴縁を通達了解できないために非福の行業を造作し、勝義において説かれる苦の因である無明縁を通達了知できないために福行と不動行を造作したからです。それゆえ、この三種の行はいずれも無明を縁として生起すると説くのです。

問:経中所説のように、衆生のすべての業行は貪瞋痴を縁として造作されたものであるのに、なぜここでは愚痴を縁とするとだけ説くのでしょうか。答:ここでは福行、非福行、不動行の三種の縁をすべて説いたのであり、貪瞋痴を縁とするものは非福行のみを生じさせるからです。

——生如法師の開示
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