衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

生如法師ウェブサイトロゴ

日常法話

2021年02月25日    木曜日     第3開示 合計3133開示

父子合集経講記(一三四)

<h2 style="text-indent: 2em;">三解脱門とは何か</h2>

一切の諸法はことごとく空寂である、これを空解脱門と呼びます。空にも空の相はなく、空法そのものには空の相がなく、ただ名詞としての概念があるだけで、相はありません。空には空の相貌がなく、一つの相もなく、空相さえもない、これを無相解脱門と呼びます。もし一切の相がことごとくなくなったなら、私たちにはまだ何か希求があるでしょうか、まだ何か願いや願求があるでしょうか?一切の法はみな空なのですから、あなたはまだどうなりたいと望むのですか?願求がなくなれば、これを無願解脱門と名付けます。このように三つの法が空とともに行じれば、心は解脱します。これを三解脱門と呼びます。空・無相・無願、この願とは希求、願果、発しようとする誓願のことであり、一切が存在しない以上、何を執り取ろうともすべて空であり、成仏したとしてもやはり一場の空です。『金剛経』には、成仏の果位は得るべからずと説かれています。成仏の果位さえ得られないのであれば、あなたはまだ何を得ようとするのですか?私たちが何かを得たと感じるものであっても、注意深く分析・論証してみれば、何一つ得ていないことがわかります。そもそも得る人というものが存在しないのですから、まして得る法などあるはずがありません。

——生如法師の開示
前へ前へ

父子合集経講記(一三三)

次へ 次へ

大乗法で禅を参ずることは深重の罪業を消滅させることができるか

ページトップへ戻る