衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2021年03月13日    土曜日     第3開示 合計3182開示

父子合集経講記(一四八)

<h2 style="text-indent: 2em;">なぜ一切法には来処も去処もないのか?</h2>

原文:大王。无有少法。从于此世。得至他世。所以者何。性生灭故。大王。身识生时。无所从来。灭无所去。彼业生时。无所从来。灭无所去。初识生时。无所从来。灭无所去。何以故。自性离故。如是了知。身识身识空。自业自业空。初识初识空。若灭灭空。若生生空。了知业转。无有作者。亦无受者。但唯名相。分别显示。

解釈:仏がおっしゃるには、大王よ、いかなる一法もこの世から次の世へと流転することはない。なぜそう言うのか? 一切法の自性はことごとく生滅し続けるものであって、常に存し常に在るものではなく、臨終において五陰が滅するとき、一切法はみな滅去するからである。大王よ、身識が生ずるとき、来処はなく、滅するときにも去処はない。業行を造作するとき、業行には来処がなく、業行が滅するときにも、去処はない。次の世における最初の識心が生ずるとき、来処はなく、滅するときにも去処はない。

なぜ一切法には来処も去処もないのか? 一切法は一切の性を離れており、一切法の自性には一切の相がなく、自体の性は空であって、了し得るものは何もないからである。このように身識を了知し、身識の自性空を了知する。このように自らの識が造作した業行を了知し、業行の自性が空であることを了知する。このように初識を了知し、初識の自性が空であることを了知する。このように一切法がもし生ずれば、その生は空であり、一切法がもし滅すれば、その滅は空であることを了知する。同時に、業行の造作と流転についても、作者もなく受者もなく、一切法はただ仮相と名前の上での分別と顕示にすぎないことを了知しなければならない。

——生如法師の開示
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十二因縁を了断する鍵となる環節はどこにあるのか?

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