小乗の修行がある程度に至れば、五蘊の世間がすべて空であること、十八界の一切法がみな空であることを証得でき、内心の三種の結縛、すなわち我見・見取見・疑見を断除し、以後は解脱に趣向し、生死輪廻の苦から解脱できるようになる。修行とは、いわゆる我は空であると認識することであり、色身は空、心は空、感受は空、思いは空、思惟覚観は空、行為造作は空であり、色受想行識の五蘊はみな空である。十八界はみな空であり、眼耳鼻舌身意の六根は空である。六根の対するところの色塵は空、声塵は空、香塵は空、味塵は空、触塵は空、法塵は空である。六識心はみな空であり、眼識は空、耳識は空、鼻識は空、舌識は空、身識は空、意識は空であり、最後に意根もまた空である。五蘊のすべてを空として証得すれば、これにより我見を断じ、初果を証するのである。
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