衆生無辺誓い度す
煩悩無尽誓い断つ
法門無量誓い学ぶ
仏道無上誓い成す

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日常開示

2018年06月12日    火曜日     第3 回の開示 合計629回の開示

五別境は五遍行中の受心所の後に運行されるか

遍行とは、識心が現れる際には必ず五遍行心所法が識心に伴って運行することを意味します。識心は他の心所法を伴わなくてもよいが、五遍行心所法は必ず伴わなければなりません。その真意は、例えば二人が会うことを接触と呼び、その後で了別と感受が生じ、最終的に選択判断があるという過程に表れます。会わなければ相手を了別できず、他の事柄を決定することもできません。会う前には作意があり、ある方向に向かって初めてその場所で出会えます。了別は相手を理解することに相当し、これには一定の過程が必要で、時間の長短は不定です。目が色を見るのも過程を要し、即座に何色かを判断することはできません。

五遍行心所が運行する際、まず次第に従って運行します。次第がなければ如何にして運行できましょうか。もし次第がなければ、根・塵・識の三者和合して触れる時、全ての事柄は即時に結果を生じるはずです。しかし実際には、大結果としての最終結果や小結果、分段結果は全て触れた後しばらくして現れるもので、触れただけで結果が生じるわけではありません。結果とは選択とそれに続く行為の造作を指します。

触がなければ、その後ろの受容もなく、受がなければ了別もなく、了別がなければその後の感受もなく、最終的な選択もなく、従って後続の心行もありません。五別境心所は一般に識心の受心所の後、想心所の後、思心所の後に現れますが、必ずしも特定の段階に限定されません。作意と触がなければ欲心所もなく、想心所がなければ勝解心所もなく、念心所もなく、慧心所もありません。また一方で、欲心所がなければ作意と触も生じず、従って五遍行心所も存在し得ません。

定心所法は作意・触・受心所の後に生起し、その後作意に定まり、触に定まり、受に定まり、想に定まって初めて智慧が生じ、最終的に思心所が現れます。しかし場合によってはまず定心所が生じ、一つの法あるいは二つの法に定まってから五遍行心所法が運行し、作意・触・受・想・思が生じ、思心所の後に初めて定心所が現れることもあります。

総じて、五別境心所法が五遍行心所法のどの段階で現れ運行するかは一定していません。五遍行心所法は絶えず循環往復して運行しており、特定の段階に留まることはないからです。もしある段階に留まれば、それは定に入った状態であり、識心に定が生じたことになります。

定力が不足し、智慧が足りず、心が極めて微細でなければ、心所法の運行を観察することは確かに容易ではありません。どの識の心所法も、全て唯識種智の範疇に属するのです。

——生如法師の開示
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