衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

生如法師ウェブサイトロゴ

日常法話

2021年04月28日    水曜日     第3開示 合計3355開示

意根の知と意識の知

<h2 style="text-indent: 2em;">問:意根もまた識である以上、外界に対して感知するはずですが、人が昏睡状態にあるとき、なぜ外境に対して少しも感知できないのでしょうか?</h2>

答:意根の知は、意識が知ってはじめて知ることができるものであり、私たちはみな意識心の知を知とするのであり、意識が知らないものは知らないと言うのです。しかし意識が知らないからといって、意根も知らないとは限りません。ですから、眠って夢のないときや昏睡状態のとき、意識が消失しているときには、意根の知が意識に伝わらず、私たちは知らないのです。たとえ意識が消失せず正常に働いていても、智慧がなければ意根の知を知ることはできません。意識に智慧がないとき、意根がどのような心行であるのか、意識には分からないのです。したがって、意根に証自証分 (svasaṃvedana) の反観があるかどうかを意識では観察できず、意根が自己の存在を知っているかどうかも、意識には観察できません。ですから、意識で観察できないときには、意根がどうであるとかどうでないとかと判断を下してはならないのです。

——生如法師の開示
前へ前へ

観行は猶如馬繋ぎの杭の如く、是れ意根の馬を繋ぐ為なり

次へ 次へ

意根の本性はどのようなものでしょうか?

ページトップへ戻る