識が五陰を縁じて生じるには、第八識に依拠してはじめて出生することができ、五陰身のさまざまな活動があってこそ成り立つ。第八識は五陰十八界に依拠してはじめてそのさまざまな功能作用を顕現することができ、五陰十八界がなければ、第八識には運行すべきものがなく、第八識の作用を顕すことができない。第八識の作用が見えなければ、第八識を見出すことはできない。だからこそ、仏は「識縁名色、名色縁識」と説かれたのである。
七識もまた五陰の色身の上で運行してこそ、七識の功能作用を顕示することができる。色身がなければ六識はなく、第七識の功能作用もまた顕示されない。そして色身に七識が加わってこそ、五陰の出現があり、五陰身の活動があり得るのである。色身に七識を加えたものが、すなわち五陰身に等しいのである。
2
+1