赤ん坊はなぜ記憶力が劣るのか ここで言う記憶力とは、記別(きべつ)と憶念(おくねん)の能力を指し、印象とも称される。印象とは何か。印とは烙印の如く、手で何処かを押す、或いは物で何処かを押すことであり、即ち印刻し刻み込み保持すること。象(像)とは影像、残された痕跡を指す。何処かを押し印刻保持した後に初めて像が生じ、これを印象と称する。印象は念心所(ねんしんじょ)に関わり、記憶と関係がある。
印象には深浅があり、深い印象は反復重ねて何度も押し刻まれたもの、或いは深く刻印されたものである。深く反復して心に刻み込むことを定(じょう)と称し、一境(いっきょう)に定まり変動せぬ故に深い印象が生じる。記憶には印と像があり、後に縁に遇えばこの印象を想起できる。記憶の前提条件として、第一に勝解(しょうげ)が必要である。人事物理の真意を理解し得て初めて刻印保持し影像を形成し、後に記憶が可能となる。第二に定が必要で、反復して心に刻み深く保持する故に深い印象を得る。
赤ん坊に記憶力が乏しいのは、勝解力が弱く、今世における大多数の事柄を経験せず体験していないため、照合する能力がなく、加えて思惟力が極めて微弱であるため、勝解がほとんど生じず印象を留め難く、記憶が定着しない。赤ん坊は心力が弱く定もないため、物事に専注できず、一切の人事物を保持できない故に記憶力が劣る。赤ん坊は大多数の事柄において、親が反復して教え何度も繰り返すことで僅かな記憶を得る。ただし、赤ん坊自身が慣れ親しみ興味を持つ飲食や玩具など、先天的に備わった習性はこれに含まれない。これら先天的な習慣と興味は前世から引き継がれたもので、生来よりこのような性質を持つ。世俗ではこれを本能と称し、各生命体が生存に適応するために備えた生得的な本能である。
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