衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2018年02月12日    月曜日     第3開示 合計28開示

意根の無間作意と仏法の修証

問:無間作意というのは、法義が意根に深く入り込んだ後、意根だけが無間作意を成し遂げられ、念念として手放さない、ということのようです。実際、功徳とは意根の認可や転変から生じる必然的な産物に過ぎないのではないでしょうか?意根が真実に認可し、引き受ければ、証果の功徳は自然に現れ、智慧も現れます。これは一連の自然な発生であり、証法の根本はやはり意根にあるのです。正しいでしょうか?

答:その通りです。無間作意の「無間」とは、途切れないという意味です。意根だけが法義に縁して途切れることがなく、二六時中、朝にも夕にも、念念として絶えません。これには意識が仏法を熏修し、見事に意根へ熏染されることが必要です。意根が仏法は重要だと認めれば、念念として仏法を心に掛け、心が仏法から離れることはありません。いつか必ず仏法を証得できます。もし意根が仏法を心に掛けなければ、意識の仏法に対する心念は必ず断たれ、途切れることなく仏法に縁することはできません。

催眠の方法を用いても、意根に認可させることができ、その後、意根には一つの転変が生じます。各人の意根が仏法を認可し証得する程度は異なり、受ける感銘も異なり、転変も異なり、智慧も異なります。したがって、根本の智慧はやはり意根によってもたらされるものなのです。

——生如法師の開示
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