性境とは、如来蔵が外界の本質たる真実の境に基づき、さらに顕現した六塵の影である。勝義根において、四大の微粒子によって構成され、第七識である意根が先に縁り、先に了別し、意識は後に縁り、後に了別する。もし第七識がこれらの影像を縁としながらも細かな了別を決定しない時、六識はすべて生起されて了別することができぬ。なぜなら意根が六識という了別の工具を必要としない時、如来蔵は六識の工具を造り出さぬからである。第七識が六塵を縁とせぬことはあり得ず、それは如来蔵に依り、近水楼台先ず月を得るが如く、何事も借光によって先に知ることができる。知った後に究竟いかに作為すべきかは、意根の修養如何によるのである。
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