衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2022年01月31日    月曜日     第1開示 合計3571開示

修定と修慧

<h2 style="text-indent: 2em;">問:弟子の観呼吸の過程に対する理解です。呼吸を守ることは修定であり、色身の覚受を覚知することは修慧である。このような理解は正しいでしょうか。 </h2>

答:呼吸を守ることは修定であり、色身の覚受を覚知することは修慧です。しかし呼吸を守るとき、必ず呼吸を知っているのであり、知というものはすなわち慧です。色身の覚受を覚知することは慧ではありますが、それは智慧のある覚知であって、単に色身の覚受だけを覚知するのではなく、色身のすべての状態を覚知しなければなりません。しかし覚受に落ち込むことなく、覚受に動かされることなく、覚受を見破り、覚受に心を置かず、覚受から脱して、覚受を捨ててこそ、智慧なのです。 

定と慧の区別はこうです。心を一処に定めて動かないこと、あるいは境に心を置かず、境に対して心念なく、境を知らない、これが禅定です。慧とは正知であり、邪知は慧ではありません。一法に専ら知することは定慧を兼ね備えています。定が増強されたのちには、全身の多くの法を知ることができ、全身に縁じて正知し、心は散乱せず、色身に対して全局観を持ちます。全局観を持つとき、全身を見通しやすくなり、真相を認識して、智慧が生まれます。

——生如法師の開示
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心は牆壁の如くして道に入るべし

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