衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2022年06月24日    金曜日     第2開示 合計3649開示

衆生の煩悩の現れ

悪という煩悩は比較的粗重で、現れ方が比較的明白であり、出現すべきではないものですから、人にも自分にも耐えがたいものとなるのです。不善の煩悩はいくらか軽く、誰にでも日常的に現れるため、人々はこれに対してある程度の容忍度を持っています。衆生は悪・不善法が多く善法が少ないので、不善は正常な現象だと皆が思っているのです。しかし衆生は知りません。皆が正常な現象だと考えていることは、すべて正常ではなく、いずれも出現すべきではないものだということを。人々が不善を正常な現象とみなしているということは、衆生がみな不善法を有し、心地が清浄 (viśuddha/pariśuddha) でないことを物語っています。悪不善法をより多く容忍できるほど、人心の善法はより少なくなります。衆生の容忍と諸仏菩薩の容忍とはまったく異なっており、諸仏菩薩の容忍は智慧と慈悲の現れであり、衆生の容忍は煩悩の現れなのです。多くの人は、身口意行が不善であるときにそれを指摘されると、不機嫌になり、心に慚愧がありません。

——生如法師の開示
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