衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2023年12月09日    土曜日     第1開示 合計4071開示

五別境心所法

禅定、智慧、勝解力は識心の心所法であり、識心の用でもあります。五別境心所法に属し、七識にとっては別々に現行するものであって、時時現行するものではありません。時時現行しているのは五遍行心所法です。しかし諸仏および大菩薩の七識は、時時処処に禅定、智慧、勝解力を有しており、五別境心所法は時時現行するとは限りませんが、時時現行させることもできます。如来蔵の禅定、智慧、勝解は時時処処に現行しており、無余涅槃の中にあってもそうなのです。

如来蔵の定力がどれほどかというと、観察を通して相当に強大であることがわかります。神様は一切法の運作の中で、どのような境界に出会っても、如如不動であり、東西南北の風が吹こうとも、神様は自ら安然として動じません。泰山が頭上に圧しかかっても腰は曲がらず、是非曲直がどうであろうと、自ら構わず顧みず、既定の法則に従って任運に行じます。仏は神様を首楞厳大定と言われました。出定することもなければ入定する必要もなく、一切法の上で動かず揺るがず、比類するものがなく、真の宝山です。無余涅槃の中で、もし如来蔵に禅定がなければ、如来蔵は心が散乱してしまうでしょう。しかし如来蔵は首楞厳大定であり、出ずることも入ることもないのですから、永遠に定から出ることがなく、どうして散乱して禅定がないなどということがあり得るでしょうか?

如来蔵の慧力はどうでしょうか。神様は無余涅槃の中でも時時業種を了別しなければなりません。もし如来蔵に智慧がなく、勝解できなければ、業種がどのようなものであるか、成熟しているかどうかがわからず、そうなると阿羅漢は永遠に涅槃から出ることができず、意根と五蘊身を持ったままになってしまいます。如来蔵の智慧は増えることも減ることもなく、永遠に般若の大智慧を有し、一切法を了別し、一切法を造作し、一切法を執持することができます。無余涅槃の中にも依然として如来蔵が面する法がありますから、如来蔵の心所法は依然として存在しているのです。

もし如来蔵が耳根を出生させ、五蘊身を出生させ、一切法を出生させるとき、突然定力が不足し、慧力も不足し、業種がどのようなものであるかもわからなくなったら、結果はどうなるでしょうか。結果、如来蔵がうっかりすると、四大種子の数量を少なく送ってしまったり、割合と構造を間違えてしまったり、種子の送付を誤ってしまったりするかもしれません。そうすると、出生した法は張冠李戴(とんでもない取り違え)となり、一切法は面目を失い、世界はめちゃくちゃになってしまいます。もし如来蔵に極めて強い勝解力がなければ、意根の心思も理解できないのですが、その結果はどうなるでしょうか。一切法は合理的に現れることがなく、願いどおりに現れることもなく、衆生が発願しても無意味になり、すべての思いも無用となり、五蘊世間は正常でなくなってしまうでしょう。


——生如法師の開示
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悪名を畏れることも悪名を畏れないことも、いずれも衆生に対する庇護である

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