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日常法話

2024年06月28日    金曜日     第1開示 合計4206開示

如来三十二相もまた非相なり

金剛経原文:须菩提。于意云何。可以三十二相见如来不。不也。世尊。不可以三十二相得见如来。何以故。如来说三十二相。即是非相。是名三十二相。

解釈:仏はおっしゃった。須菩提、あなたはこの問題をどう見るか。三十二相によって如来を見ることができるか。須菩提は答えて言った。できません、世尊。三十二相によって如来を見ることはできません。なぜそう言うのか。如来の御意によれば、如来が説かれる三十二相もまた真実の相ではなく、仮に三十二相と名づけるだけのものだからです。

三十二相が真でないとすれば、それはまた如来でもない。それならば、別に真に如来があるはずであり、われわれは三十二相を如来と見なすべきではなく、また三十二相の上に如来を求めるべきではない。真の如来は三十二相の背後に隠れているのであり、その真の姿を見ようとするなら、極めて大きな智慧と福德を具える必要がある。三十二相は如来ではなく、五蘊もまた我ではなく、人ではなく、衆生ではなく、寿者でもある。それゆえ、われわれは五蘊の中のいずれか一つの蘊あるいは全部を我として執取して捨てないようにすべきではない。五蘊の相を破り、さらには我相・人相・衆生相・寿者相を破らなければならない。

如来には三十二相八十種好があるが、三十二相は真実存在する相ではなく、八十種好もまた真実存在する相ではない。いずれも無から有へと生じ、有もまた空である相であり、如来の無垢識 (amala-vijñāna) が、如来の三大阿僧祇劫の修行による善業の種子に基づいて変幻させて現した相である。その性質は空であり、相もまた空であり、三十二相とはすなわち仮相である。転輪聖王にも三十二相があり、仏の従弟である難陀比丘にも三十一相があり、魔王もまた三十二相を変幻して現すことができる。もし相によって人を認識すれば、容易に誤認してしまう。相が滅すれば人も滅したように見えるが、実際には如来は滅しない。それゆえ、真の相と仮の相を見分け、相を破り執着を破らなければ、こそ智慧を増長し、相に縛られることがないのである。

——生如法師の開示
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如来は微塵相と世界相を破す

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実相もなぜ非相なのか?

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