衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2026年09月23日    水曜日     第1開示 合計4846開示

瑜伽師地論第十四巻原文:复有三种。从因所生。有漏法因。若于此中。不如正理。修方便者。能生诸苦。若能如理。修方便者。于苦于因。能知能断。谓于欲界系法。染污希求。于色无色界。系法亦尔。

解釈:さらに三種の、因より生ずる有漏法の因がある。最初に発心して修行する因が清浄でなく純正でないために、これらの修行者が有漏法を生じ、無漏を修成することができず、解脱を得ることができないのである。この三種の因とは、第一に、欲界において自心を繫縛して解脱させ得ない法に対して染汚意を有し、心を起こして希求し、欲界の法を貪着して離れることができないこと、第二に、色界において自心を繫縛して解脱させ得ない法に対して染汚意を有し、心を起こして希求し、色界を貪着して離れることができないこと、第三に、無色界において自心を繫縛して解脱させ得ない法に対して心を起こして希求し、貪着して捨てず、解脱を得られないことである。この三種の有漏法を生ずる因は、もし修行においてその過患を如理に観察することができず、相応する方法で対治することがなければ、終には苦悩と生死の過患を生じることになる。もし修行の過程において、その過患を如理に観察し、相応する方便の方法で対治し、三界への希求と欲求を遠離し、三界の苦因を了知すれば、苦悩と生死の過患を断除することができるのである。

三界の世俗法は表面的にはすべて六識を繫縛しているように見えるが、実際には最も主要なのは意根を繫縛することである。意根が三界の法に執着してこそ、五陰は三界の中に出生し生存し、三界の中で生死輪回することができるのである。もし意根が三界の法を貪着しなければ、六識の貪は働きをなさない。まして六識は断滅法であり、投生の時にはすでに滅しているのである。意根の貪執により、業種が如来蔵の中に存入され、来世は必ず意根の貪執と業種の縁故によって三界の中に投生する。意根が欲界を貪執すれば、欲界に繫縛され、意根が色界を貪執すれば、色界に繫縛され、意根が無色界を貪執すれば、無色界に繫縛されるのである。

もし意根が欲界を貪執すると同時に、色界と無色界をも貪執しているならば、衆生が色界や無色界に出生することは不可能であり、必ず最も低い次元の貪執に繫縛されることになる。それならば、欲界において欲を断しようとするならば、単に意識の表面における断欲だけでは足りず、必ず内心の深処にある意根もまた欲を断しなければならない。さもなければ、必ず初禅定を有することはできず、欲界を離れて色界や無色界に生じることもできない。色界と無色界に対する貪執もまた同理である。

——生如法師の開示
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