金剛経唯識深義（一二〇）

原文：須菩提よ。善法と説くところのものは、如来の説によれば即ち善法にあらず。これを善法と名づけるのである。

釈：世尊は再び須菩提に告げられた。須菩提よ、私が説く善法とは、衆生が認める善法とは異なり、如来の説によれば実体としての善も法も存在せず、全ては仮の相に過ぎない。故に仮に善法と名づけるのである。

善法には多くの段階と内実が存在する。世俗の善法もあれば出世間の善法もあり、小善法も大善法もあり、更には究竟の意義を有する善法もある。世間の善法とは五戒十善を指す。世尊が初めて娑婆世界に降臨された際、まず人天善法を説き、衆生に修行を促して世間の福徳を得させられた。これが小善である。衆生が世間の福徳を得た後、初めて阿含解脱道を修学して三界世間の苦を離れるに至る。これが中善である。その後、世尊は二十余年を費やして般若の理を宣べ、衆生に実相般若を証得させ真実義の菩薩と成らしめ、深甚なる般若智慧を発起させられた。これが上善である。更に方広唯識の深甚な義理を説き、大乗菩薩たちが漸く深甚な道種智を具えるように導かれた。これが大善である。最後に法華涅槃等の一仏乗究竟義を説き、全ての衆生を成仏の道に入らしめ、究竟円満の仏果に至らしめられた。これが究竟の善である。

これらの善法は全て相応する法相を有するが、それらの法相は四相なき無相の心体たる如来蔵より顕現・幻化されたものである。これらの法相は如来蔵が様々な縁に依り種子を流注して成就したものである。表相は存在し衆生の目に映るが、有は実有にあらず、相は真実の相にあらず、その本質は真如如来蔵そのものであり、全て真如一真法界の内に在ってその外に出るものではない。一切の善法相は黄金の器が全て黄金より成るが如く、その本質は尽く黄金たる如来蔵である。故にこれらは全て真如の体たる一つの真実の法界である。さればこれらの善法の仮相を、実体なき法ながら善法と名づけるのである。名は善法と雖も、その実質は真如の理体なのである。