世俗の人の愛は、すべて小さな自我の何らかの利益を前提としたものです。もし個人がそのような利益の保障を得られなければ、いわゆる愛は消え去り、あるいは憎しみへと変わってしまいます。一方、仏・菩薩の大愛は、無我無私のものであり、衆生の利益のためにあるものです。だからこそ、仏法のため、衆生のために一切の代償を払うことを厭わず、衆生の誹謗や理不尽な騒ぎ立てを意に介さないのです。
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