問:如来蔵における七大見分とはどのようなものですか。六識・七識の見分とはどのような違いがありますか。
答:六識と七識は見分でもあり相分でもあります。相分とは意識によって了別される法のことであり、意識そのものが見分となります。意識自体と意根もまた相分であり、凡そ了別される法は全て相分であり、能動的に了別する識心が即ち見分です。
如来蔵の七大種子における「見」は見分ではなく、見大種子を指します。見大種子は如来蔵の見性を形成します。如来蔵の見分は、五遍行心所法の作意・触・受・想・思を通じて顕現し、特に想心所法を主として、一切の法においてこのような運用作業を行うことで、一切法を了別します。しかしこの了別は、七識の了別性とは全く異なり、衆生が慣れ親しむ六識・七識による色声香味触法を知覚するような了別ではありません。唯識種智がなければ現量観察はできず、想像することさえ極めて困難です。
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