心を守る戒めとは、心に妄念を起こさず、貪・瞋・癡の煩悩を起こさないことです。これは非常に難しく、煩悩を断じなければなりません。煩悩を抑え伏せることさえ容易ではなく、抑えきれないことが頻繁にあります。現代の世においては、身と口の戒めを守ることさえ容易ではなく、戒を破る機会が多く、少し油断すれば身口の戒めを犯してしまいます。
なぜ身口の戒めを犯すのでしょうか。心に貪・瞋・癡の煩悩があるため、それが身口に業を造らせるのです。もし心を守ることができれば、身口は戒めを破って悪業を造ることはありません。もし心が戒めを破らなければ、身口がどのような状態でも戒破りにはなりません。なぜなら貪・瞋・癡の煩悩による心の働きがないからです。すべての戒めは心の有無を基準としますが、一般の人が他人の心を見極めるのは困難なため、他人の身口を基準とするのです。当然ながら、誤った判断が多くなるのは必定です。
小乗の戒律は身口の業行を基準とし、身口が戒を破らなければ良しとします。心の働きは問いません。大乗の菩薩は心の戒めを基準とし、一念の動きに至るまで自己のためにせずに済ませます。真の大乗戒を守るのは極めて難しく、瑜伽師地論に説かれる菩薩戒は、初地以上の菩薩のために制定されたものです。地前の菩薩は貪・瞋・癡の煩悩を断じていないためこれを守ることができず、身口が戒を破れば即ち犯戒となります。地後の菩薩は心の働きを基準とし、心が衆生のためにあれば戒を破ることはありません。
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