原文:憍梵钵提は即座より立ち上がり、仏足を頂礼して仏に申し上げた。「私は過去劫において口業を犯しました。沙門を軽んじ弄んだため、世々生々にわたり牛の反芻のような病いを負ってまいりました。如来が示してくださった一味清浄の心地法門により、我が心を滅して三摩地に入り、味覚の知覚を観じました。それは本体でも物でもなく、念に応じて世間の諸漏を超越し得ました。内には身心を脱し、外には世界を遺れり。三有を遠く離れ、鳥の籠を出づるが如し。垢を離れ塵を消し、法眼清浄となり阿羅漢を成就しました。如来直々に無学道を登りしことを認証されました。仏が円通を問われたゆえ、私が証得したところを申せば、味覚を還して知覚を旋らすこと、これが第一でございます」
釈:憍梵波提は座より起立し、仏足を頂礼して申し上げた。過去世において出家者を嘲笑い「牛の如く草を嚼む」と誹った口業の報いで、永劫にわたり牛の反芻のような習気を帯びていた。仏より授けられた一味清浄心地法門を修し、心行を滅して諸法空相を観じ、三昧に入った。味覚の知性が実体なきことを観じた瞬間、世間の煩悩を超越し、身心を脱却して世界を超越し、三界の束縛から解き放たれた。籠を出た鳥の如く煩悩の垢を離れ、法眼清浄を得て阿羅漢果を証し、如来より無学位を認証された。円通法門の問いに答えるに、味覚を縁として知覚の空性を観ずる法門こそ最上と申し上げた。真の証果者は皆、深甚なる観行により五蘊十八界を空じ、身心を脱落させる。ただその空観の深さと四相破除の次第によって果位が異なるのみ。戒律なく禅定なく観行なき者が証果を得ることはなく、三十七道品を具足せざる者はない。空性を証した者はもはや悪業を造らず、凡夫の如き煩悩を抱えぬ。憍梵波提が過去に出家者を嘲笑った口業の報いは甚大であったが、今人々が出家者に造る悪業は更に甚だしく、その果報もまた比べものにならぬほど重い。無知なる者は自らその報いを量るべきであるが、多くは省みることなく悪業の報いを受ける。かくて三悪道の衆生は絶えることなく続くのである。
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