原文:七つの漏れを断じ、煩悩と憂いを除く法あり。いかなる七つぞや。漏れは見によりて断じ、漏れは護りによりて断じ、漏れは離れによりて断じ、漏れは用いによりて断じ、漏れは忍びによりて断じ、漏れは除きによりて断じ、漏れは思惟によりて断つ。
釈:煩悩の漏れを断除し憂悲苦悩を消滅させる七種の方法がある。いずれの七つか。三界における煩悩の漏れは知見によって断じ、三界における煩悩の漏れは根護りによって断じ、三界における煩悩の漏れは悪法を離れることによって断じ、三界における煩悩の漏れは適切な運用によって断じ、三界における煩悩の漏れは忍辱によって断じ、三界における煩悩の漏れは除去することによって断じ、三界における煩悩の漏れは思惟によって断つ。
原文:いかにして漏れは見によりて断ぜられるや。凡夫の愚人は正法を聞くこと得ず、真の知識に遇わず、聖法を知らず、聖法を調御せず、真実の法を知らず、正しき思惟せざるが故に、かくの如き念いをなす。「我に過去世ありや、我に過去世なしや、我いかなる因をもって過去世ありや、我いかにして過去世なりしや。我に未来世ありや、我に未来世なしや、我いかなる因をもって未来世ありや、我いかにして未来世なるや。己が身はいかなるものぞ、いかにしてかくあるや。今この衆生は何処より来たり、何処へ至らん。本来いかなる因によりて存在し、いかなる因によりて存在すべきや」と。
釈:三界の漏れが知見によって断たれるとはいかなる意味か。凡夫の愚痴なる者は正法を聞かず、真の知識に遇わず、聖者の法を知らず、聖法を操ることもできず、世間の真実の法を知らず、正しき思惟を行わないため、かかる想念が生じる。過去世の存在の有無、未来世の因果、己が存在の本質、衆生の来歴と行方、存在の根源と帰結について疑惑を抱くのである。
原文:彼らはかくの如き不正思惟を行い、六種の見解の中に随って見解が生ずるごとに、「真に霊魂あり」と生じ、「真に霊魂なし」と生じ、「霊魂が霊魂を見る」と生じ、「霊魂が非霊魂を見る」と生じ、「非霊魂が霊魂を見る」と生じ、「これこそ霊魂なり。語り知り、作り教え、起こし教え、彼方此方に生じ、善悪の報いを受く。定めて来るところなく、定めて存在せず、定めて存在すべからず」との見解を生ず。これらは見解の弊害なり。見解に動かされ、見結に縛られた凡夫愚人はこの故に生老病死の苦しみを受く。
釈:凡夫の無知により、六種の邪見に従って誤った思惟が生じ、霊魂の実在・非実在、霊魂と現象の認識関係について妄執を抱く。これらは見解の弊害に支配され、見解の束縛を受けた結果、生老病死の苦しみを招くのである。
原文:多聞の聖弟子は正法を聞き、真の知識に遇い、聖法をもって自らを調御し、真実の法を知る。苦を真実の如く知り、苦の集起、苦の滅尽、苦滅の道を真実の如く知る。かくの如く真実を知り已れば、三結(身見・戒禁取・疑)は尽き、須陀洹果を得て悪趣に堕ちず、正覚に趣き定まり、天上人間に七往生して苦の際を極む。もし知見なければ煩悩憂い生じ、知見あれば煩悩憂い生ぜず。これ漏れが知見によって断たれる所以なり。
釈:正法を学ぶ聖弟子は三結を断じ、生死の苦しみから解脱する。知見の有無が煩悩の消長を決し、これが知見による漏れ断ちの道理である。
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