衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2019年12月20日    金曜日     第1開示 合計2089開示

六識には自性がない

六識には自性がなく、自ら何であるかを自ら決定することはできず、自分自身の主宰者となることはできません。六識は生まれた法(生まれたもの)であるため、体がなく、自在ではなく、その表面的な機能・作用はすべて如来蔵 (tathāgatagarbha) が与えたものであり、すべて如来蔵から来ています。一切の法に自性があるとすれば、それもまたすべて如来蔵から来ており、客観的に言えば、いずれも如来蔵の自性なのです。六識が染汚する源は意根にあり、意根から来ています。意根が染汚していれば六識は必然的に染汚し、意根が清浄 (viśuddha/pariśuddha) であれば六識は必然的に清浄です。意根は六識の染浄依なのです。一切の法の出生・現起には、必ず第七識と第八識の二識が伴っており、それは七八二識が働いた結果なのです。

——生如法師の開示
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心所法就是心性和心行 → 心所法とは心性と心行である

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