能所双亡とは、能は七識心を指し、所は七識心が認知する法を指し、亡は滅する意味である。七識心が七識を実在する主宰的な我と見做さず、また七識が認知する法を七識の所有物と見做さず、能所の虚妄不実性を認めることが、即ち能所双亡である。
心空を証得するとは、身体が空じたり六塵の境界が無くなることではなく、身体が空であること、五蘊が空であること、六塵の境界が空であることを正しく認知することである。心の観念が変化し、五蘊の色身を真実の我と見做さず、我性を有しないことである。身体が空じることは禅定の境界であり、六塵の境界が無くなることは禅定の境界であるが、禅定の境界は生滅変異するものであり、禅定が消滅すれば、身体と境界は再び現れるのである。
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