衆生無辺誓い度す
煩悩無尽誓い断つ
法門無量誓い学ぶ
仏道無上誓い成す

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日常開示

2020年01月30日    木曜日     第3 回の開示 合計2124回の開示

細菌は将来、人間になれるでしょうか? どのようにして人間衆生になるのでしょうか。

細菌は将来、人間になるだけでなく、仏法を学び修行し、仏道を成就することも可能です。重要なのは、それらがどのように人間に転生するかです。どの生命界の衆生となるかは、必ずその界の衆生の福徳に相応しなければなりません。欲界天・色界天・無色界天の天人となる場合も、それらの天界の衆生の福徳に相応する必要があります。将来他の仏国土に往生する際も、その福徳はその仏国土の衆生の福徳と相応しなければならず、そうでなければ共に生活できません。人間社会における一家庭の成員でさえ、福徳が相応していなければ家族となることができず、あるいは家族が離散し、各自の福徳に従って別々の道を歩むことになります。団体においても同様で、福徳が異なれば共に集い、共に事を成すことはできません。

細菌は衆生界において最も低級で劣悪、微小かつ福徳の乏しい存在です。彼らは人間やより大型の畜生の身体において福を積み、これらの衆生に奉仕し、その基本的生命活動を維持します。福徳が一定量蓄積されると、やや大型の畜生に転生し、畜生同士で相互扶助を行いながら福徳を増し、さらに大型で自主性・生存力の強い畜生へと転生を重ね、遂には人間として生まれ変わります。縁が良く仏法に遇えば、まず仏法に迷信し、最終的に正信へと至るのです。

衆生が積む一切の福徳は、例外なく他者への奉仕によって得られるものです。故に我々がより大いなる福徳を求めるなら、自己中心的に自らの些事のみを考え、他者を利することを拒んではなりません。真実は「人を助けることは己を助けること」であり、自ら修めた福徳が他者に転嫁されることは決してありません。福を修める行為は他者のためではなく、最大限度他者に利益を与えることによって、初めて自らも利益を得ることができるのです。

——生如法師の開示
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