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日常法話

2020年03月12日    木曜日     第1開示 合計2203開示

『楞厳経』第三巻 耳入は如来蔵妙真如性

原文:阿难。譬如有人。以两手指。急塞其耳。耳根劳故。头中作声。兼耳与劳。同是菩提。瞪发劳相。因于动静。二种妄尘。发闻居中。吸此尘象。名听闻性。此闻离彼。动静二尘。毕竟无体。

解釈:阿難よ、たとえばある人が両手の指で両方の耳をぎゅっと塞ぐと、耳根が労触するために、頭の中でブーンという音がする。耳根と、指が耳に触れる労触の相は、どちらも菩提心から現れた虚妄相・世俗相である。耳根は動と静という二種の虚妄の塵境に依って、指と耳根の労触の中から聞性を生じさせる。聞性がこれらの動相と静相を吸い取り、動静の相を顕現させることを、聴聞性と名づける。この聞性は動静二塵を離れれば、畢竟、自らの体性を持たない。つまり、動静がなければ聴聞性はなく、塵を離れれば識も聞もないということである。

原文:如是阿难。当知是闻。非动静来。非于根出。不于空生。何以故。若从静来。动即随灭。应非闻动。若从动来。静即随灭。应无觉静。若从根生。必无动静。如是闻体。本无自性。若于空出。有闻成性。即非虚空。又空自闻。何关汝入。是故当知。耳入虚妄。本非因缘。非自然性。

解釈:このように、阿難よ、あなたは知るべきである。この聞性は動静の中から出てきたものではなく、耳根から出てきたものでもなく、また虚空から生じたものでもない。なぜならば、聞性がもし静相から出てきたものであれば、動相が現れたときに聞性は消え去ってしまい、動相を聞くことができなくなるはずである。聞性がもし動から出てきたものであれば、静相が現れたときに聞性は消え去ってしまい、あなたはもはや静相を感じ取ることができなくなるはずである。

聞性がもし耳根の中から出てきたものであれば、耳根の属性に随って、動相もなく静相もないことになり、いかなる動静も聞くことができないはずである。このような聞性は、もともと自体性を持たない。聞性がもし虚空から出てきたものであれば、虚空に聞性があることになり、それはもはや虚空とは呼べない。しかも、虚空が自ら聞くのであって、あなたの耳根と何の関わりがあろうか。それゆえに、耳根の聴聞性は虚妄であり、もともと因縁性ではなく、自然性でもなく、如来蔵性であると言うのである。

——生如法師の開示
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『楞厳経』第三巻 眼入は本如来蔵妙真如性なり

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『楞厳経』第三巻 鼻入本如来蔵妙真如性

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