衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2020年03月16日    月曜日     第1開示 合計2212開示

実証時の内心の覚受

問:本当に自分の存在全体が空であると証得した後、内心の覚受はどのようなものでしょうか?

答:禅定のない人は、五蘊皆空無我の理を理解した後、ほとんど身心に衝撃的な覚受はなく、ただ空だと感じるだけで、感じるだけにすぎません。禅定がないため、行った観行が根本にある自我の意根に触れることができず、身心に触動が生じることもなく、ましてや衝撃の感覚などあるはずがありません。内奥深くにある意根からの触動があってこそ、身心霊に真に深く大きな覚受が生じ、それ以降、自分がまるで別人になったかのように感じるようになるのです。

現状では、大衆の福徳と禅定がひどく不足しているため、観行が意根に触れることができず、行われた観行は意識の上に留まるだけであり、観行の結果は五蘊皆空を理解し、自分が空だと感じるというものにすぎません。実際には空になっておらず、事に遭遇すれば乗り越えられず、理は理、人は人で、両者に交わりがありません。これは現在の学仏者の共通した姿であり、通病とは言い切れませんが。

本当に空を証得した後の覚受は、公に議論するにも適さず、経験者に私的に尋ねるのがよいでしょう。もし真実の感受を公に口にすれば、それを知った一部の人は、自分にもそのような感受があるとあちこちでほのめかすようになり、実際には自分が証果したとほのめかしているのです。その目的は、名聞利養などの何かを得ることにあります。人心は古にあらず、自然と純粋ではなく、世俗心がひどく強く、隙あらば入り込んでくるのです。

——生如法師の開示
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