衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2020年05月29日    金曜日     第3開示 合計2362開示

意識・禅定・智慧が不足しているときはどうすればよいか

意根は如来蔵が変起する一切の法に触れ、作意することができ、神様はまた自分自身を反観することもできますが、意識には禅定と智慧がないときは、意根にこれらの功能作用があることを知りません。意根は無量劫前のことや無量劫後のことを知ることができますが、意識に禅定と智慧がなければ、意根のこれらの知を依然として知ることができず、それゆえ神通がないのです。意根は天に上り地に入ることができますが、意識には禅定と智慧がなく、依然として天に上り地に入ることに従うことができません。それならば、意根にそれほど多くの不思議な功能作用があることを否定し疑ってはなりません。

あなたがいくつかの法について知らないときは、それを否定せず、こう考えなさい:私の意識には禅定がなく、智慧がなく、福徳がないので、当面これらのことを了知することができない、問題は意識自身の身上にあるのだ、と。自分が理解しない人・事・物・物理を否定し貶めてはなりません。意識が自分に禅定がなく、智慧がないというこのような状況を如実に了知した後は、この状況を変える方法を考えなければなりません。もし如実に了知できなければ、方法を考えることもできません。方法を考え出した後は、意根に自分はこれがダメだ、あれもダメだと常に暗示するのではなく、意根に私は必ず補うことができる、必ず正すことができる、必ずやっていける、必ず成仏できる、と暗示しなければなりません。これは善く如理如法に意根を熏習することです。

——生如法師の開示
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