動物同士が互いに殺し合い、食い合う行為には当然ながら果報があります。なぜなら、動物の全ての行為造作は、それぞれの如来蔵に記録され、業種が収蔵されるためです。如来蔵は本来このような機能を備えています。業種が成熟すれば業報が現れますので、全ての衆生は報いを受ける器であり、それぞれが深重な業障を負い、自ら抜け出すことはできません。ただし、動物の殺生と人間の殺生には違いがあります。動物は純粋に生存のためであり、殺意や悪心はありませんが、人間の殺生は心の在り方に関わる問題です。故に人間の殺生の業は重いのです。戒を受けた後の殺生には更に戒罪が関わり、心性上の罪業に戒の罪が加わるため、業は一層重くなります。
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