衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

生如法師ウェブサイトロゴ

日常法話

2020年08月13日    木曜日     第2開示 合計2536開示

意識はいかにして問題を意根に任せて思量(manasikāra/manana)させるのか

意識が一つの問題をパッケージ化して凝縮し、それを意根に引き渡す、この方法は次のように行います。意識は問題の中のすべての意味を一つの念頭に変えて、意根の中、すなわち心の奥深くに吊るしておきます。自分が何をしていようと、心の中に常にこの疑問の念頭を帯びていなければなりません。深く帯びて、決して捨て離れてはなりません。もし心の中にその念頭がなくなり、疑問がなくなり、思量 (manasikāra/manana) がなくなったなら、意識は再びその問題を意根に投げかけ、再び神様に思い出させるのです。同時に、意識自身もあまり多く複雑な思考活動を持ってはなりません。意根の注意力を散らさないためです。禅宗の参禅・参話頭はまさにこのように参ずるのであり、方法は同じです。深細で最も深細な思惟とはこのようなものです。世俗法の中でも多くの人がこれを用いたことがありますが、ただ帰納してまとめ上げ、仏法のために役立てるということができないだけなのです。

——生如法師の開示
前へ前へ

第八識が一切法を了別するのはすべて現量である

次へ 次へ

第八識には作主性がない

ページトップへ戻る